Text SSや考察など

あの日見た夢 THOUSANDS OF CRANES

 君は、鶴を折る事が出来る ――?
 そう少年に尋ねられたのは過去の出来事か。
 それとも、記憶の中の夢なのか・・・。

 消毒液の匂いが鼻をつく。
 白で統一された内部は、清潔感を漂わせている。 こんな所に来たのも随分久しぶりの事だ。
 ここはとある病院の一室。

 「患部の腫れはほとんど引いていますが、まだ風邪の症状が出ている状態なので、退院するには・・・まあ、あと数週間はかかるでしょう。」

 医師からの説明を受けているのは草薙素子である。
 きりっと引き締まった顔が、例え大量生産型の義体であっても、ゴーストの影響を少なからず受ける事を証明している。
 トップレスのアンダーにレザータッチのジャケット、ジーンズと手にグローブ、という出で立ちは、正に荒くれ者の男達に「少佐」と呼ばれるに相応しい。

 「まあ、何はともあれ、義体化しなくて良かったですね。」

 半ばお決まりの様に話す医師に、草薙は軽い礼で返し、部屋を後にした。

 トグサが撃たれた。
 その知らせを聞き、草薙は荒巻と共にすぐにトグサの収容された病院へ向かった。
 トグサは右胸部を銃で撃たれ、全身に打撲の痕があった。
 撃たれた後も動き回っていたらしく、出血量が大分酷かった。
 意識も混迷した状態で、生死を彷徨い続けていた。
 それでも、トグサは己の正義を全うした。
 「少佐・・・。やっぱり厚生省です・・・。頭・・・撃たれませんでしたよ・・・。」
 医師達に引き出させたトグサの記憶により、笑い男事件と薬島幹事長とのつながりが見えた。
 そして、トグサが麻薬取締強制介入班、通称「マトリ」の構成メンバーに撃たれた事も。
 普段は冷静なさしもの草薙も、トグサが撃たれた事で少なからず激高していたのだろう。江北カントリークラブのホテルでの「マトリ」との攻防で、草薙は「マトリ」のリーダー・安岡ゲイルに、超至近距離でマテバ五〇口径を右手一本で連射した。
 本来ならば、サポーターを一人付けないと撃てない代物である。
 その威力は至近距離であればアームスーツの装甲を易々と貫通してしまう程のものだ。

 ――バトーの事を言えた立場じゃないわね。
 トグサのいる病室に向かいながら、草薙は自嘲していた。

 あれこれと考えを巡らせている内に、トグサの病室の前に着いた。
 何度かドアをノックする。しかし、応答はない。
 仕方なく草薙はトグサの病室に入った。
 どうしたのかと尋ねようとした草薙は、トグサを見て口をつぐんだ。
 トグサは静かな寝息をたてて寝ていた。
 しかし、草薙が口をつぐんだのはその為だけではない。
 トグサの様子――痛々しい頭の包帯や、まるで異物がその腕から生えているかの様な点滴――に、草薙は一瞬目を奪われた。

 嘆くのは記憶の幻想か、それとも今の思い出か。

 正確には覚えていない。恐らくは飛行機の墜落事故だった気がする。
 凄惨な事故だった。
 強い衝撃と一面の炎だけが脳殻に焼き付いている。
 草薙は少女の頃、その事故に巻き込まれた。
 そして、ある医療施設に収容された。
 意識不明の重体という状態だった。
 その時の記憶があるわけでもない。
 それでも、トグサの今の様子はその当時の事を思い出すのに充分な引き金だった。
 そして、あの少年の事も。
 麻痺によって左腕と首から上しか動かなくなってしまった少年。
 あの事故の、たった二人の生還者の内の一人。
 ――私の為にずっと折り鶴を折ってくれた。
 少年は、左手と口だけで折り鶴を折り続けた。
 少女が病室からいなくなっても折り続けた。
 そして、義体化した少女が再び現れた時も折り続けていた。
 黙ったまま、少年は鶴を折り続ける。
 まるで、それが彼の使命であるかの様に。
 事実、彼にはそれが唯一の生きる理由だった。
 身体を動かす事も出来ず、両親も亡くし、たった一人きりでいる寂しさ。
 自身の為に生きる術を知らない少年が、やっと見つけた生きていく理由。

 君は、鶴を折る事が出来る ――?
 もし、出来るのなら、僕も義体化してもいいよ――。

 相変わらずトグサは寝息をたてている。
 ふとサイドテーブルを見やった草薙は、またも胸がツキンと鳴るのを感じた。
 折り鶴。
 それは、トグサの娘が折った物だった。
 鶴の周りには数枚の折り紙も散らばっている。
 赤い折り紙で折った鶴。
 あちこちがよれて、明らかに何度も折り直したと判る。
 決してうまいとは言えないそれは、しかしとても綺麗だった。
 その赤い折り鶴に引き寄せられる様に、草薙は白い折り紙を左手でつ、と取った。
 そのまま、手馴れた手つきで鶴を折っていく。
 右手は、ジャケットのポケットの中である。

 祈りを込めて、千羽の鶴を、折りましょう。
 ただの四角い紙なのに。
 ただ折っていくだけなのに。
 どうしてこんな形になるの。
 どうして生命を込められるの。
 願わくば、思いよ届け。
 ――Let’s make a thousand cranes with prayer.

 数日後。
 トグサの病室に現れたのはバトーだった。

 「よお、元気にやってるか。」
 「この身体で、元気も何もあったモンじゃないけどな。」 

 笑いながら備え付けのソファにどか、と座り込むバトー。

 「あ、そうだ。旦那、折り鶴って折れる?」
 「はあ?何だ急に。」
 「これなんだけど。」

 トグサはバトーに何かを渡す。

 「この折り鶴がどうかしたのか?」

 バトーの手には一羽の白い折り鶴があった。

 「いや、別に大した事じゃないんだけどさ。ただ、誰が折ったのかと思って、な。女房に聞いても知らないって言うし。」
 「俺じゃあないって事は確かなんだが。にしても綺麗に折れてるなあ。」
 「だろ?そこまで綺麗に折るには、相当器用か、それともずっと鶴を折り続けていたかしないと無理だよな・・・。」
 「そうだな・・・。」 

 お前は、左手で鶴を折る事が出来るか――?
 少年と少女が再び出会うのは、今暫く先の事。


          了


刻が囁き、記憶が叫ぶ。

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