Text SSや考察など

夏の虫  BLOODY VINOUS

 熱い。

 喘ぐように息を吐き出す。
 真紅の炎が目に焼き付いて痛む。
 赤い舌は肌を舐め回し、確実に脳殻を苛めていく。
 炎の持つ熱気が、感覚神経を麻痺させていく。
 人肉の焦げる独特の臭いが辺りに充満している。

 死んだ方がましだ、と思う。
 拷問の様だ、とも思う。
 それだけの状況の中で、しかも、身体を動かす事も声を立てる事も出来ない。

 時は既に、流れる事を拒んでいる。

 「パズ?」
 パズは己を呼ぶ声に目を覚ました。
 「大丈夫か?」
 声を掛けたのはボーマだった。運転中の為に、パズの方を見てはいない。
 「・・・ああ。」
 パズの身体は脂汗にずしりと重くなっている。
 「大分うなされてたぞ。」
 「そうか・・・。」
 相手の言葉に詮索の意図が含まれていない事を、パズは有難く思った。

 いつもの夢だった。
 何も無い空間。
 何処からともなく現れる炎。
 成す術も無くそれに焼かれる自分。

 いつからこんな夢を見るようになったのか。
 そんな事はどうでも良かった。
 ただ、この夢から逃れたかった。
 あの女の後についてここに来たのも、その為だったのかもしれない。

 「今からお前は私の部下になれ。」

 女は正に、凛然と燃える炎だった。
 ――俺は、その炎に焼かれた。
 己という存在を全て否定し、浄化し尽くす。
 それに抗おうと必死になった。
 いつの間にかその炎が己の内に宿っているとも知らず。
 夜毎見る夢の炎は、そうと気付かぬ内に女の持つ炎と同じになっていた。

 永遠に絡みつく炎の束縛。
 逃れようとしても、逃れられない。
 逃れたくても、逃れたくない。
 己という存在を、常に浄化し続けている。
 あの女が持っていたものと同じ。

 「どの位寝ていたんだ?」
 前を見据えたままのパズは、何気無さを装いボーマに訊く。
 「5分程度だと思うけど。」
 「そう、か。」
 胸のポケットから煙草を取り出し、口に咥えるパズ。
 ライターに火を点けたまま、暫くその火を見つめる。
 火は、ゆらりと揺らめく。


          了



刻はそして、浄化される。

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