そして時は過ぎ行きて GENTLE BREEZES
それは静かな日常だった――。
『おおーい、皆来てくれー。』
一機のタチコマが他の仲間を呼ぶ。
「何だ何だ?」
「どうしたんだ?」
わやわやと騒々しくタチコマ達が集まって来た。
「これ、なんだと思う?」
皆を呼び寄せたタチコマが持っていたものは、一個の風鈴だった。
「何だろうなあ・・・。」
「あ、もしかしてあれじゃない?ドアに付いてる・・・。」
「呼び鈴の事だろ?でも、呼び鈴にしては、ガラス製って所がおかしいんだけど。」
「そうそう、普通、金属とか木で出来ていたりするよな。」
「楽器なんじゃないか?ほら、さっきからちりちり音がしているし。」
「でも、それにしては音が小さすぎない?」
「ていうか、こんな事で僕等をわざわざ呼び集めないでくれよな。」
「むか。こんな事とは失礼な。もしかしたら何か危険なものかもしれないじゃないか。」
「でもさ、こんなにちっちゃくて、僕達が掴んだら簡単に壊れちゃいそうなものが、果たして危険なのかどうか・・・。」
「何を言う。未知の物ほど危険なものは無い。“未知の罪”というだろう?」
「それを言うなら“無知の罪”でしょが。しかも意味違うし・・・。」
タチコマ達が議論に白熱している中、トグサがハンガーにやって来た。
「何やってんだ?お前等。」
「あ、トグサ君だ。」
「何でここに来たの?」
「何でって・・・来ちゃ悪いのか。」
「悪いってわけじゃないけどさ。トグサ君がハンガーに来るなんて珍しいから。」
「・・・そうか?ああ、そうだ。タチコマ、バトーの旦那見なかったか?」
「いえ、今日はまだ来てませんけど・・・。どうしたんです?」
「旦那の野郎、俺に書類の山全部押し付けて消えちまったんでな。なんとか今日中につき返そうと思ったんだけど・・・。何処に隠れたんだか、さっぱり見つからないんだ。お前等、本当に何も隠してないな?」
「本当だってばー。疑り深いなあ、トグサ君は。」
「あ、ねえねえトグサ君。これ、何だかわかる?」
先刻の風鈴をトグサに見せるタチコマ。
「これか?これ、風鈴じゃないか。」
「「「「「「「「「“フウリン”?」」」」」」」」」
「ああ。夏なんかにこれを風の通る場所に吊るすのさ。そうすると、風が吹いた時にいい音が鳴る。」
「こんな風に?」
と、タチコマが腕を振って風鈴を鳴らす。
ちりんちりん、と澄んだ音がした。
「そう。」
「でも、こんな事して何になるの?」
「そりゃ・・・。」
「“そりゃ”?」
「・・・その音を聞くと、涼しい気分になるんだ。」
「そんな面倒な事しなくても、冷房をかければちゃんと涼しくなりますよ?」
「それに、ホントに音だけで涼しくなるの?」
「そうじゃなくてだなあ・・・。まあ、お前等にわびさびなんてわかるわけないしな。」
「お言葉ですがトグサ君。僕達にわからないのはゴーストを持った時の気持ちだけです。」
そう胸を張るタチコマの隣りで、他のタチコマが周りのタチコマに尋ねる。
「ねえねえ、“ワビサビ”って何?」
「えーと・・・、ほら、刺身に付けて醤油をかけて食べる――。」
「それは“ワサビ”。」
「いつの時代の漫才だよ?」
「・・・あのな。」
トグサは思わず頭を抱えた。
そこへ、もう一人の来客がバンカーに入ってきた。
「よお、タチコマ。暫くここに匿って・・・って・・・。」
「あ!バトーさん!」
「あ!旦那!」
くるりと背を向けてバンカーを出て行くバトーと、それを追うトグサ。
「待て、旦那!」
「いいじゃねえか、書類ぐらい。いつも書いてて書き慣れてるじゃねえか。」
「旦那がいつも押し付けるからだろ!待て!コラ!」
互いに言い合いながらハンガーを後にするトグサとバトー。
「あー、二人ともいっちゃったよ・・・。」
「結局これがなんだったのか、良くわかんなかったね。」
「うん。」
やれやれと自分のスペースに戻っていくタチコマ達。
風鈴を持ったタチコマだけがそこに残った。
先程と同じ様に風鈴を鳴らす。
ちりんちりん、と心地良い音がした。
「まあ、いっか。」
了
風の色は何色?