柔能く剛を制す BLACK BELT
ツ、と足と畳が擦れる。
きし、と空気が歪む。
足が床から離れる。
重力から肉体が開放される。
そうして、俺の身体は飛翔する。
ズバアァンンと畳が響きある音を立てた。
畳に叩き付けられた俺は、大の字になってそこに寝転がった。
緊張から解き放たれたその身体は一気に汗を噴き出した。
酸素を求めて肺は大きく呼吸をし、血液は血管を破裂させる勢いで駆けて行く。
荒く吐き出される息を整えながら、俺は、俺を投げた相手をそっと見やる。
彼女は軽く息を整え、道着の襟を伸ばしていた。
「・・・少佐ぁ。」
まだ少し息が切れたが、俺は彼女を呼んだ。
「なあに、トグサ?」
彼女は俺を見下ろして答えた。
紅い瞳が俺の目とぶつかる。
「・・・さっき、手加減してました?」
「ええ。出力は80%に落としていたわよ。」
さらっと言ってくれる。
確かに彼女は完全義体の持ち主で、俺は完全な生身だ。
だが俺が負けたのはそういう事じゃなかった。
肉体的な体力の差は関係無い。
それが柔道の基本だ。
むくりと起き上がり、そのまま畳に座り込む。
そんな俺の背中に、彼女は苦笑しながら声を掛けてくれた。
「トグサ、まだやるのか?」
「お願いします。あと一回だけ。」
「仕方ないわね。」
「今度は手加減しないで下さいよ?」
「さあ、どうかしら。」
帯を締め直す。
精神と肉体が一気に緊張していくのが判る。
対峙した彼女と礼を交わす。
相手の道着の襟を掴む。
己を律し、自らの限界を掴め。
精神を引き絞り、肉体を制御しろ。
じり、と刻が過ぎる。
ギチ、と掌を強く握る。
彼女が俺の左を押してくる。
その力に逆らわず、右肩を前に突き出す。
その時、空気に流れが生まれた。
流れに引き込まれた彼女は、俺の左肩を床に落とそうとする。
流れを巻き込んで、俺は足を滑らせる。
えも言われぬ飛翔感が俺を包み込んで行く。
ズバアァンンと畳が響きある音を立てた。
「・・・やるわね、トグサ。」
畳に再び寝転がった俺の、頭の方から彼女の声がした。
「俺だって、やれば出来るんです。」
「――そうね。貴方の巴投げ、見事だったわ。」
「お褒めに預り、光栄です。」
俺と彼女は、暫く頭をつき合わせて仰向けていた。
了
刻の緊迫に息を吐く。