Text SSや考察など

暗澹より BLACK PEARL

 手を伸ばし。
 この手を伸ばし。
 求めよ。
 汝が欲するものを。

 「バトー。それにしてもネットは広大だわ。」
 傍らの女の声。
 “透き通るような”。
 “高くよく響く”。
 そんな形容とは無縁の声。
 それでも漆黒の中に、暗澹の中にあって光を放つ。
 黒真珠。
 ころりと転がるような、その声。

 二度とこの場所に在る事はないと思っていた。
 割り切っていた。

 以前の俺はどうしていた。
 彼女へ手を伸ばす時。
 腰へ手を回す時。
 彼女を、その肉体を己が腕の中に納める時。
 どうやっていた。

 あんなにすんなりいっていた。
 その行為を。
 どうして再現出来ない。
 電脳が思い描く通りにやれば良い。
 たったそれだけじゃないか。
 なのに、まるで初心な餓鬼じゃないか。
 情けないじゃないか。
 この、俺が。
 女の手握るのにも胸が高鳴るなんざ。

 彼女の肩に伸ばした掌が、熱い。

 失うはずがない。
 そう信じていた。
 過信していた。
 初めから何も得ていないのだから、と。

 己が彼女に囚われていた事に気付かず。

 失った痛みに打ち震え。
 差し出される手に怯え。

 「ねぇバトー。」
 ころり。
 「寒いわ。」
 ころり。
 「温めてくれないかしら?」
 ころり。

 美しい黒真珠が零れる。

 情けないじゃないか。
 この、俺が。
 女を抱くのにも胸が高鳴るなんざ。
 
 夢を見ているようだと、思うなんざ。


 「抱いてやるよ。熱さで狂う程にな。」
 「クサイわね。貴方らしいけど。」


          了



耳が痛くなる程静かな時の中で。

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